春の妙本寺 海棠の花

春のこの時期に毎年行くことにしている場所があります。

そのひとつが、鎌倉妙本寺、海棠の花を見に行きます。

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駅から歩いて5分くらい、日蓮宗の本山のお寺。

 

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ここの海棠の花にまつわる

批評家の小林秀雄と詩人の中原中也のエピソードを知ってから毎年通っています。

 

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(詳しくは検索していただくと紹介している記事があるのでそちらを参照いただければと思いますが)

ごくかんたんに説明すると、

小林秀雄中原中也は友人だったのですが、小林が中也の恋人を略奪し、彼らの仲は決裂します。

しかし時が経ち小林がその恋人とも別れたのち、

彼らは妙本寺の海棠の前で和解をします。

 

晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙って見ていた。
花びらは死んだ様な空気の中を、まっ直ぐに間断なく、落ちていた。
樹陰の地面は薄桃色にべっとりと染まっていた。


あれは散るのじゃない、散らしているのだ、一とひら一とひたらと散らすのに、屹度順序も速度も決めているに違いない、何という注意と努力、私はそんな事を何故だかしきりに考えていた。
驚くべき美術、危険な誘惑だ、俺達にはもう駄目だが、若い男や女は、どんな飛んでもない考えか、愚行を挑発されるだろう。


花びらの運動は果てしなく、見入っていると切りがなく、私は急に嫌な気持ちになって来た。我慢が出来なくなってきた。


その時、黙って見ていた中原が、突然「もういいよ、帰ろうよ」と言った。
私はハッとして立上がり、動揺する心の中で忙し気に言葉を求めた。

「お前は、相変わらずの千里眼だよ」と私は吐き出す様に応じた。
彼は、いつもする道化た様な笑いをしてみせた。

 

(小林秀雄中原中也の思い出』

 

海棠は楊貴妃が好きな花だったと聞きました。海棠は桜のすこし後くらいに、桜と同様ピンク色の花を咲かせます。どちらも美しいですが、 桜はどこか「霊的」「神秘的」に感じるのと比べると、海棠は色も濃く「艶めかしい」「蠱惑的」にも感じます。

 

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海棠の妖しい美に魅了され悶々と思考に飲み込まれている小林の感覚が、花びらが散るのを眺めているとわかる気がします。

かつての恋人、中也から奪ってしまった自分の行為、若気の至りだという言い訳と後悔が重なり思考が渦巻いて

花びらは延々と、舞っては落ち、舞っては落ち。

 

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そして、そういう小林を、「もういいよ」と雷のように打ち抜く中也。道化た笑顔をみせて。

中也のそういうところが小林は好きだったのだろうな。かなわなかったのだろうな。

このエピソードが好きで、毎年、海棠に会いに行っています。

 

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今年は花盛りのタイミングに行くことになり、みごとな花宴の下、花嫁花婿さんが何組も記念写真を撮っていました。祝福ムードに満ちて賑やかな春。

 

また来年。