月は見守っている

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苦しい日も
涙が止まらない日も
寂しくて震える日も

月は、ずっと私の側にいてくれた

 

太陽は世界中をくまなく照らす
そして
月はなんだか

私に語りかけるかのように感じる

 

大丈夫
いつも見守っているよ
何があっても
側にいるから

 

今日も
凛々しくも優しい光が
帰り路を照らしてくれる
私に寄り添うように
煌煌と輝いている

 

私のお気に入りと丁寧な暮らしということ

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IKEAのソープディスペンサー。
私はこれがとびきり気に入っていて、
家に帰って手を洗うとき
このディスペンサーを使うたびに
うきうきするし
嬉しいし
心底ほっとします。


値段は1000円もしない量産品です。ただこの佇まいと色合いと、なにとも愛しくてたまりません。

 

身の回りのこういうところを
好きなものにする。
心地よさを感じるものを選ぶ、できれば吟味して。
これが今の私ができる暮らしの丁寧さかな、と思います。

 

 

「丁寧な暮らし」というのが
いっとき流行って、
私も憧れて、あれこれしてみようとしましたが、
それがプレッシャーになってしまったこともありました。

 

時間の余裕がなく、
コンビニのものも食べるし
スナック菓子もたまに食べるし
掃除機や合成洗剤も使うし
それに対して、なんだか罪悪感があったこともありました。

でも、
忙しい生活の中で、レンジで簡単に短時間でできる料理が
本当にほっとして、
癒しですらあった。
その安心感は否定しなくてもいいんじゃないか。


手をかけて料理を作って
あえて手間のかかるやり方をとることが
少なくとも今の私にとって、有益なのか…。

文明の便利さを、
時には先人の愛と恩恵として享受してもいいのではないか。
甘えてもいいんじゃないか。

 

その中で、
あんまりケミカルな洗剤は苦手だから使わない、とか
ファストファッションは極力買わないのが気持ちがいいとか
「知ること」そして「感じること」に重きにおきながら「選ぶこと」を大切にするのがいいんじゃないか。

 


丁寧さは
今この時を、ちゃんと見つめること。感じること、選択すること。
そう思います。

 


このお気に入りのディスペンサーも量産品です。
でも、この子がとてもとても気に入ったから選びました。大事に、長く使いたい。
そういうのが、すごく自分を大事にできているように、感じます。

 

あなたはそこに必要な人

気遣いのできる人
率先してリーダーシップをもって動ける人
当意即妙に話ができる人
面白い人

 

 

みんな魅力的で
私はそんなふうにふるまえなくて

人の集まる場所にいると
いつも引け目を感じていました。


私はここにいらないんじゃないか。

って。

 

 

でも、違うんです。

 


気遣いできる人には、気遣う人が必要で
リーダーには、それに連なる人が必要で
話をする人には、話を聞く人が必要。

そこでその人たちを受けとめるのが役割。


だから安心して、
そんな愛をうけとめるのが、私の役割。

 

 

だから

私も、あなたも、
そこに必要な存在。

 

 

 

 

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先日、ぶどうがりにいってきました

色とりどりの房や、葉や幹

それらが落とす光と陰にうっとりします

何より甘酸っぱくて美味しかったです。

凡人ハッピーライフ

やりたいこととか夢とかなくて

それを求めなきゃ

夢追人じゃなきゃ

何者かじゃなきゃって思っていました

 

 


しんどいのでやめました

 

 

 

凡人でいい、

いや、
凡人がいい

 

顔立ちも姿形も

仕事も生活も平凡ですが

平凡な私の生を

認めます愛します

 

でもって

平凡でそれでいて幸せでいいのです

幸せ追求していいのです

私は最幸の一般人を目指すのだ

(ちょっと字面がださいけど)

 

そう思ったら、心がすごく安心した
私は、私でいいんだ

自分以外の何者にもならなくていいんだって

強迫観念からの解放

 

そのまんまの私を愛して愛して愛して

心も身体も魂も磨きたい

 

しいていえば、

それがやりたいことなのかな、今は。

 

 

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なんでもない何者でもない

我が家の石鹸

なんだかとっても愛しいかたち

世界は変わる

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秋の風になった、と肌が感じた夕暮れ

空には月が出ていた。

 

ふいに

あと10年もしたら

この社会の

既存の窮屈な価値観は様変わりして 生きやすい世界になるだろうな

 

と、確信がおりてきた。

 

世間を騒がせるような

がっかりする出来事も、

悲しい差別も、

つまらない偏見も、

みるみるなくなって

きっと全然違う世界になっている

そういう、ゆるぎない確信

 

そんな解放的な期待で

晴れやかな気持ちになって

足取りも軽やかになった。

 

 

 

 

「明るい未来を信じることができますか?」

 

はい、と、

光とともに答えよう

 

 

わたしにとびきりを

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おでかけしましょ
髪をきれいに
肌はさっぱりと
くちびるはふんわりと
服は清潔にお気に入りを
かばんは整頓して
とびきりのわたしができたら
さあ いってらっしゃい


帰ったら
タイトなスカートも
苦しい下着も脱ぎすてて
髪の毛もほどいて
ふんわりゆったりした
ワンピースで
ゆるゆるしよう
ごろごろしよう


しんどいときは
いっしょに昼寝しよう
目をつぶって眠りに落ちて
起きたらすっきりして
そしたらおいしいほうじ茶を飲もう
何もできなかったって思う日 は
めいっぱい
わたしを休ませた日

 

しなくちゃ じゃなくて
そうしてあげたい
誰のためでもない
わたしがわたしにしてあげたい

わたしの大事なわたし
最上級に
とびきり仕立て上げて
とびきりおもてなしして
とびきり甘やかすんだ

わたしにとびきりをあげられるのは
彼でも親でも友でもなく
誰でもないわたしだけなのだから

ぶれながら迷いながら

 

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・合わないなら選ばないだけ

 

冷えとり靴下、履き始めてみました。

初めてではないのですが、そのときはうまく付き合えなくてやめていました。

 

 

今日吉本ばななさんのブログを見返していて、冷えとりについてこんな記事が。

 

米ぬか酵素浴はいい | 吉本ばななオフィシャルブログ「よしばな 日々だもん」Powered by Ameba

 

 

ばななさんが以前冷えとり靴下を履いていたが、効果を感じないしやめようかと友人に話す。すると「人のよっては合うが、ばななさんにとってはそこで感じる不快感が害になってしまうよ」と言われた話。

「全ての健康法は、自分に合うかどうかを厳密に検証しながらやったほうがいい。」

本当にそうなんだろう。

冷えとりにせよ、ありとあらゆる健康法や知恵が体質や環境などなど、合わない人もいるだろうし、タイミングもある。

 

盲信せず、自分にとってそれが良いか、感覚を研ぎ澄ませること。

その人が、合わなければ選ばなかったというだけ。頭ごなしに否定する必要もない。

 

 

 

 

・極端と中庸

 

文明/自然

西洋医学東洋医学

科学/スピリチュアル

 

など 世に溢れる二項対立

 

私は自然療法が好きで、現代医療に不信感がぬぐえず病院嫌い。

しかし医療の優れた点もまた認めていざというときに自分の命を守る時にはどちらを選択すべきかはよく見極めたほうがいいとは思っている。

あるいは、「科学的」な知識と、哲学宗教スピリチュアルなど精神世界の知恵。

どっちに極端に走っても、何か違う気がする。

 

 

盲信はたやすい。

極端に行くのは

中庸でバランスをとることより、シンプルで簡単。

頭も感覚も使わなくていいから。

そうでないものは、とことん否定すればいいから。

それは、とても危険。

世の中の危険なものは、そういう「私のこれは絶対に正しくて、あなたのそれは絶対に間違っている」

という、極端な正義感によってできていて、それはよくて余計なお世話、最悪は戦争を引き起こす。

 

 

絶対の正義なんてない。自分の正義はあっていい、大事な部分は自分で大事にしたらいいけど、他人、家族だって、それは押し付けられない。逆に人に否定されるいわれもない。人の正義も、必要以上に攻撃する必要もない。

 

私はどこかに絶対的な真実があると信じていた。

でもそれはやめよう

(すこしはあるけど、それは世界にほんのすこし)

世界に中庸でありたい。

新しいものはもちろん、今手元にあるものだって、それは心地よいものか感覚し持っているべきか考える。

 

 

ぶれたらいいし、迷いたい。

 

 

冷えとり、今の自分に合うかなって

またのんびり吟味してみるつもりです。

ぬくいな〜。
今回は綿でなくウールにしたのが私には良かった感じがします。